ヨサパークの好みは千差万別です

欧米の喫煙率が若年者でも急激に減ったのとは対照的である。
わが国にもようやくタバコ対策強化への動きがみえはしめたが、まだまだである。
とくに欧米諸国と日本のタバコ対策の格差が気になる。
日本では水、空気、食品、医薬品など、人間の身体のなかに入る物質のほとんどが安全性の観点から法的規制の対象になっているのに、タバコだけが法律による規制を一切受けていないのも不思議と言えば不思議である。
日本のマスコミもタバコ対策には無関心であり、しかもその報道にはきわめて臆病である。
また全国の府県別対ガン協会もがん検診(二次予防)には一生懸命だが、タバコ対策(一次予防)にはほとんど手をつけていない。
タバコのなかに含まれる発がん物質はどんなものだろうか。
ベンツピレンなど数多くの物質が挙げられているが、そのなかでもタバコの熱によってニコチンからつくられるニトロソアミンというニトロソ化合物の一つ(とくにNNKと略称されるもの)がさらに代謝され究極発がん物質になって、これが発がんの直接の原因になる。
肺から入って肺がんの原因になるだけでなく、食道がん・眸がん・膀胱がんなどほとんど全身のがんの原因にもなる。
ニコチンそのものは依存性の原因にはなっても、直接発がん性をもつものではない。
喫煙はプラス面よりマイナス面のほうが遥かに大きい。
喫煙者は病欠が多いという理由で会社の採用や昇進に不利益を受ける。
少なくともアメリカではそうである。
事実、喫煙者は肺がんなどいろいろな病気になりやすいだけでなく、たとえば肺がんを外科手術でうまくとったあとも喫煙をつづける人は、手術を契機に禁煙した人にくらべ五年生存率は一〇パーセントほど低い。
外国の一部では喫煙者にはがんの検診を受けさせないとか、病気の治療を拒否するということがあるらしい。
喫煙者に対する医療上の差別がいろんな形で行われているようである。
医療上だけの差別ではない。
喫煙者は保険の加入がむずかしいとか、保険に入っても禁煙者にくらべ保険料を差別(実際は禁煙者への優遇)されることがある。
仲間に入れて貰えないとか結婚の支障になることもある。
ここまでくると差別というよりも、もはや一種の迫害である。
タバコはがんをはじめいろいろな病気の原因になるとわかった以上は、その原因は除かなければならない。
ところが除くというよりこれを罰しようとついエスカレートしてしまうことがある。
罰すればすむというものでもない。
うっかりすると中世のヨーロッパを席捲したペストがユダヤ人によって起こされていると思い込み、無実のユダヤ人を集め火あぶりで殺したという話にも似ることになる。
関東大震災のときに朝鮮の人達が火をつけたとの誤解から、彼らを無差別に殺した事件にも似てくる。
いずれも妄想にもとづく愚かな行為であった。
だから盲信的な禁煙運動であってはいけないのである。
喫煙者の六〇~七〇パーセントの人達はできるものなら禁煙したいと思っているという。
禁煙のための実践講習会もあるし禁煙のための皮膚パッチやチューインガムもある。
これの中にニコチンが入っているのでニコチン中毒を時間をかけて解消しようとの狙いで、禁煙に成功した人も少なくないが、その成否は禁煙への意志がどのくらい固いかによって決まるようである。
タバコをやめると、がんがどのくらい防げるかの具体的なデータが最近出た。
アメリカの研究成果だが、一〇年間禁煙すると、肺がんの危険率は三〇~五〇パーセント減るという推定である。
食道がんは五年の禁煙で五〇パーセント、膀胱がんもわずか二年の禁煙で同じく五〇パーセント減るという。
眸がんに対しては禁煙一〇年でも効果はあまりはっきりしない。
豚がんは別としても一〇年の禁煙でがん全体としては三〇~五〇パーセント減らすことができる、こんな大きながんの予防効果をもたらすものは他にはない。
世界の最新の診断法と最新の治療法を見渡してみても、その効果が「禁煙」に優るものは他にないのである。
といっても右のデータは個人レベルでみたときの推計であって、人間集団として期待できる数値ではない。
なぜなら国民全体が禁煙して喫煙率が○パーセントになるとは到底考えられないからである。
ただ禁煙によってP53などの遺伝子変化がもとに戻るとの保証はないし、禁煙したあとも肺がんのリスクは一向に低くならないとの報告もある。
タバコははじめから吸わないに越したことはない。
もし吸っているのであれば早くやめること。
いまから禁煙したのでは遅過ぎるとあきらめている人が多いが、禁煙の開始は早ければ早いほどよい。
すべて転ばぬ先の杖である。
喫煙の動機はいろいろあるが、その一つにタバコ会社の巧妙な広告、宣伝がある。
タバコを吸いはじめて気付いてみたらニコチン依存のためにやめたくともやめられなくなっているという意味では、喫煙者は周辺への加害者であるだけでなく、自分自身が被害者でもある。
タバコの有害性が現実のものとなったいま、われわれが無理でなくできるタバコ対策は何だろうか。
さきに述べたような盲信的な禁煙運動であってはいけないのである。
タバコ対策がむずかしいのはタバコは人間の嗜好品であり、嗜好は本人の権利でもあると考えられるからである。
タバコを吸う人はがんになるかも知れない危険性を承知のうえで、しかも自分の責任で吸うのであれば、外部のものがとやかく言う筋あいのものではない。
プライバシーの侵害にもなりかねないし、うっかりするとトゲトゲした感情問題にまで発展してしまう。
そうかといってタバコを嫌がる人達が少なくないことも事実である。
幼小児をふくめ嫌煙の人達の人権や健康を考えると、タバコの煙が野放しでいいというわけにもいかない。
みんな「禁煙」ができればそれに越したことはないが、これは理想であって人間のできることの限界もある。
それではわが国の現状でみんながすぐに、しかも円満にできることは何があるのだろうか。
ここは現実的には「分煙」しかないのではないか。
「禁煙」と「分煙」は根本的にちがう。
ここでいう分煙は時間的な禁煙タイムの意味ではなく、空間的な喫煙場所の隔離のことである。
禁煙は強制に近いのだが、分煙は喫煙場所での喫煙のお願いである。
どうしても吸いたい人は吸っていただいて止かを得ないが、他人のいるところでは吸わないように協力をお願いするのである。
もちろん家庭にあっても家族のいる前では吸わないことである。
失礼な話だが小便をしたくなったら必ずトイレにいくのと同じことで、喫煙の許される場所やだれにも迷惑のかからない場所で喫煙をしてもらうのである。
この「分煙」はすこし不便かも知れないが、これはむしろ喫煙する人にとってのルールであり、エチケットとかマナーの問題といってもよい。
トゲトゲした問題を起こすこともなく、しかも非喫煙者の人権と健康を守ることのできるのが何よりの恩恵である。
理想はもちろん禁煙である。
現に欧米先進国ではいろいろのタバコ対策によって国民のタバコ離れがすすみ、最近では肺がんなどタバコ関連の疾患による死亡率が減少をはじめている。
空気の汚染を起こすものはタバコ以外にどういうものがあるか。
室外の汚染源として気になるのはまず車の排気ガスである。
いまのところ車の排気ガスがいろいろな病気の原因になると断定するには躊躇するものがある。
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